うつ病・ADHDで障害厚生年金3級に認定|60代男性が事後重症請求で受給した事例

相談者

  • 性別:男性
  • 年齢層:60代
  • 職業:専門職(現在は退職)
  • 家族構成:妻
  • 傷病名:うつ病エピソード・注意欠如多動性障害(ADHD)
  • 決定した年金の種類と等級:障害厚生年金3級
  • 請求形態:事後重症請求
  • 受給額:非掲載

相談時の状況

相談者は、幼少期から多動や忘れ物が多く、授業に集中することが難しいなどの特徴がありました。成長するにつれて多動は目立たなくなっていったものの、興味のあることとそうでないことの差が大きく、得意・不得意がはっきりしていました。

高校では英語・数学・化学・物理などを得意として比較的良い成績を収めていましたが、自分の希望とは異なる進路を選択したこともあり、学校生活には強い不本意さを感じていました。大学も本人が本来希望していた進路とは異なり、専門学部へ進学。勉強への意欲を保つことが難しく、通常より長い6年半をかけて卒業しました。その後は国家試験に合格し、資格を生かした専門職として働き始めました。

社会人になってからは、仕事への集中が続かない、業務を忘れてしまう、同じミスを繰り返す、周囲とのコミュニケーションがうまくいかないといった問題に悩まされることがありました。一方、自分のペースで仕事ができる環境では比較的安定して働けた時期もあり、自営業を経験するなど、環境によって就労状況に大きな差がありました。

その後も就職や退職、転職を繰り返しましたが、50代になると集中力の低下や仕事上のミスが目立つようになりました。53歳頃、新しい職場への適応が難しくなったことをきっかけに睡眠障害や抑うつ症状が強まり、心療内科を受診。その後も通院と薬物療法を継続しました。

さらに50代後半になって注意欠如多動性障害(ADHD)と診断されました。これまで長年感じてきた、仕事の効率の悪さ、注意力や集中力の低下、物事を忘れてしまうこと、人間関係へのなじみにくさなどが、発達障害の特性と関係していることが分かりました。

60代になってからもパート勤務をしていましたが、勤務先の環境変化や人間関係への適応が難しくなり、勤務時間を短縮した後に退職しました。相談時には就労しておらず、日常生活についても妻の支援を受けながら生活している状態でした。

相談から請求までのサポート

今回の障害年金請求では、ADHDの診断を受けたのが50代後半であった一方、幼少期から多動、忘れ物、集中力の問題などがみられ、その後の学校生活や就労にも長期間にわたって影響していたことを、どのように整理して伝えるかが重要でした。

そこで、病歴・就労状況等申立書では、幼少期、学生時代、専門職として働き始めてからの時期、自営業の時期、その後の転職を繰り返した時期、精神科を受診してから現在までを時系列に沿って整理しました。

特に、単に「長年働いていた」という事実だけではなく、仕事を続ける中でも集中力の低下やケアレスミス、指示を忘れてしまうこと、職場になじむまで時間がかかることなど、継続的な困難があったことを具体的に記載しました。

また、比較的安定して働けていた時期についても、一人で自分のペースを保てる環境であったことや、機械がミスを補ってくれる職場であったことなど、勤務を継続できた背景を整理しました。就労できていたという結果だけでなく、どのような環境や配慮があったから勤務を続けることができたのかが分かるように申立内容を整えました。

現在については、就労が困難となって退職していることに加え、日常生活でも妻の支援を受けていることや、食事、入浴、炊事、洗濯、掃除、買い物、外出などに大きな負担が生じている状況を整理しました。

これまでの長い生活歴と就労歴、うつ症状の悪化、ADHDによる特性、現在の日常生活の状態が一連の経過として伝わるよう、病歴・就労状況等申立書の作成をサポートし、事後重症による障害厚生年金の請求手続きを進めました。

結果

請求の結果、**うつ病エピソード・注意欠如多動性障害(ADHD)により、事後重症による障害厚生年金3級が認定されました。**受給額については掲載していません。

相談者にとって、50代後半でADHDと診断されたことは、それまで長年にわたって感じていた仕事のしづらさや人間関係へのなじみにくさ、注意力・集中力の問題などを理解するきっかけとなりました。

現在は妻の支援を受けながら生活し、今後については障害があることを勤務先に伝えたうえで、障害者雇用による就労を目指しています。一般雇用で無理を重ねるのではなく、必要な配慮や支援を受けながら、自分の特性に合った環境で安定して働くことを検討されています。

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